| A |
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| Akiko |
与謝野 晶子(よさの あきこ) 「晶」は本名の「志よう(しょう)」から付けられた。 |
| B |
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| Birthday |
明治11(1878)年12月7日 |
| Blood type |
O型…鉄幹を追って一人ヨーロッパに行ったのも、何とかなるだろうと
いうO型らしいおおらかな性格?ゆえだろう… |
| Bunka-Gakuin |
文化学院。最初に男女共学を実施。大正10(1921)年4月に創設。
現在も東京の神田駿河台に建てられた。 |
| C |
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| complex |
髪の量が多いこと。 |
| D |
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| died in (没年) |
昭和17(1942)年5月29日 |
| E |
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| education (教育) |
自由と個性の尊重を目的とした文化学院の創設に深く関わっている。.晶子自身、それまでの教育に疑問を感じ、文化学院に娘を入学させている。晶子は13人の子どもの母であったが、長男光以外には特にしつけのようなこともしていない。 |
| F |
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| Famiry (家族) |
夫は与謝野寛(鉄幹)
13人の子ども(光、秀、八峰、七瀬、麟、佐保子、宇智子、
アウギュスト(後にc)、エレンヌ、健、寸、藤子)
*なお、宇智子は双子で、一人は死産 |
| G |
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| Genji (源氏物語) |
12歳のころから『源氏物語』に親しんでいた。そして、晶子は生涯の中で『源氏物語』の現代語訳を3回も手がけている。 |
| H |
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| Hobby (趣味) |
歌を詠むこと、入浴、旅行 |
| husband (夫) |
与謝野鉄幹。晶子にとって夫であるとともに師でもあった。 |
| I |
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| imagine(想像する) |
想像力豊かな歌が多い。そのため、歌の意味が難解。 |
| J |
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| jealousy (嫉妬) |
嫉妬の歌も詠んでおり、寛への愛が深い故である。 |
| K |
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| Kyoto (京都) |
憧れの地。京都は、愛する『源氏物語』の舞台であり、寛の出身地でもあった。 |
| L |
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| London (ロンドン) |
渡欧の際にはロンドンに行き、ナショナル美術館やセントポール寺院などを見学した。 |
| M |
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| Mitsu-koshi (三越) |
渡欧前に、三越で着物を注文した。 |
| Myojyo (明星) |
歌人として花開き、活躍した文芸美術雑誌。夫の鉄幹が主宰。 |
| N |
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| Natural(自然) |
自然を愛し、特に昭和期になるとたくさん旅に出て、自然の風景を歌に詠むことが多くなった。 |
| O |
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| Ochiai naobumi |
落合直文(1862‐1903) 歌人、国文学者。「浅香社」結成。寛の師。 |
| P |
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| Personality (性格) |
好奇心旺盛、恥ずかしがり屋、引っ込み思案 |
| Q |
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| R |
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| Respect (尊敬) |
与謝野寛、紫式部 |
| S |
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| Sakai (堺) |
生まれた町。仁徳天皇陵や千利休の出身地として有名。 |
| Son-kei (尊敬) |
紫式部。
「私は文学史上の大きな婦人作家で紫式部を最も尊敬して居ります」(「女子の独立」『優勝者となれ』)」 |
| T |
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| Teacher |
文化学院で古典を教えていた。またたくさんの歌の弟子を持つ。 |
| U |
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| V |
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| Violet (紫) |
最も愛した色。 |
| W |
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| Work |
幼少時代から、駿河屋の店番や帳簿付けなどをする。結婚後、生涯歌人として仕事をしていた。また早い時期から、女性が働き自立するということを唱えていた。 |
| X |
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| X’mas |
与謝野家では、クリスマスの日だけ子どもにおもちゃをプレゼントしていた。そのおもちゃの一つにミニチュアの下駄がある。 |
| Y |
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| Z |
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| Zen-shu (全集) |
与謝野晶子全集はいくつか出版されているが、その中で一番網羅されているのが、『定本与謝野全集』(講談社)である。しかし、この全集も晶子の歌全てを収録している訳ではない。現在、勉誠出版より『鉄幹晶子全集』全45巻刊行中。 |