【美紗っぺとよむ晶子の歌 @】

金色のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に
 美紗っぺ、晶子の歌は難しいのもあるけどやさしくスーッと心に入ってくる
 歌もあるよ。ホームズもやさしい歌なら解釈できるから、そのあたりから
 一緒に読んでいこう。題して「美紗っぺと読む晶子の歌」どうこのタイトル、
 ちょっと気に入ってるんだけど・・・。

       金色のちひさき鳥のかたちして
                       
銀杏ちるなり夕日の岡に


 銀杏(いちょう)の葉っぱが小さな鳥のようにひらひら舞い落ちた。
 夕日が沈む丘の上で、金色に輝きながら・・・。
 こんな意味だね。銀杏の葉っぱを小鳥のように思えるなんて素敵だろう。
 そして、夕日が沈んでいく丘の上にさわやかな秋風が吹いていそうで
 とてもロマンティックだろう。
 当時は丘を岡って書いてたんだね。
 それから今だったら「ちいさき」と書くんだけど昔は「ちひさき」と書いたんだね。
 学校で習った?「わいうえお」を「はひふへほ」に変えて書くってこと。
 「歌う」を「歌ふ」と書いたりするんだよね。
 今でも、「こんにちわ」を「こんにちは」と書くのはその名残かもね。
 こういうふうに葉っぱを小鳥のように見える瞬間って幸せな時間だと思うな。
 自分の心に「自然」が溶け込んでくる感じなんだろうね。
 じゃ、風邪をひかないように。次の歌探しておくからね。
 

 2002年12月24日<火>17時13分

ああ皐月仏蘭西の野は火の色すも君も雛罌粟われも雛罌粟
ああ皐月仏蘭西の野は火の色す
       
君も雛罌粟(こくりこ)われも雛罌粟  「夏より秋へ」

 この歌は、晶子の歌の中ではすごく有名なものなんだ。
 少し難しいかも知れないけど解説すればすぐわかるよ。
 皐月(さつき):五月
 仏蘭西:フランス
 雛罌粟(こくりこ):ひなげしのこと

 意味はこんな感じかな。
 五月のフランスの野に立つと、ひなげしが火の色を浮かべたように一面に
 咲き誇っています。そんな中にあなたと私は分け入りました。そして二人の
 心は、いつしか一つになって雛罌粟(こくりこ)の花に染まっていました。
 すごくロマンティックだよね。こんな人を好きになることが出来るなんて素敵
 なことだと思わないか?

 背景を説明する方が歌の真意はもっとよく分かるかもしれません。
 晶子のご主人である鉄幹が失意にあった時、晶子がヨーロッパ行きを勧め
 たんだよね。渡航費用は晶子が工面してね。これだけでもすごいイイ奥さん
 だよね。ヨーロッパに行った鉄幹から晶子に「世界は広いよ、今後のために
 なるから君も是非おいでよ」という手紙が届いたんだよ。
 そこで晶子は子供たちを親戚に預けてシベリア鉄道に乗って一人パリに居る
 鉄幹を訪ねたんだ。当時の女性の一人の旅、勇気がいったと思うな。
 そしてフランスのパリで出会った二人は野辺に散歩に出掛け、晶子はこの
 歌を作ったんだ。
 でも、最初からこの歌ではなかったんだよ。
 最初に作った時はこんな歌でした。

 若ければ仏蘭西に来て心酔ふ
           野辺の雛罌粟街の雛罌粟

 最初の歌と全然違うよね。やっと仏蘭西まで無事にたどり着いたという安堵感
 を詠った歌だよね。鉄幹のての字も出ていません。
 でも日が経つに連れて、どうしてこんな遠くまで来れたんだろう、私を駆り立て
 たものは何だろう、そしてたどり着いた時にほっと胸をなで下ろしたのは何故
 だろうと思った時、大好きな鉄幹がいたからだと気づき最初の歌に改作した
 んだろうね。
 結婚して何年もたってるのに、恋人同士のような気持ちになれるのって素敵
 だよね。
 ということで、本日の「美紗っぺと読む晶子の歌」はおしまい。


 2002年12月25日<水>17時13分
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【美紗っぺとよむ晶子の歌 A】
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【美紗っぺとよむ晶子の歌 B】
夏のかぜ山よりきたり三百の牧の若馬耳吹かれけり 

夏のかぜ山よりきたり三百の
              牧の若馬耳吹かれけり  「舞姫」

 説明はいらないよね。
 とても清々しい歌です。緑の牧場、そこを吹きぬける爽やかな風、その風に
 吹かれながら草を食む馬たち。
 絵葉書のように美しい風景が目の前に浮かんでくるよね。

 晶子は数詞を使うのが上手いんですよ。例えば、

 その子二十歳櫛のながるる黒髪の
             おごりの春の美しきかな

 のようにズバリ二十歳と言い切ることで読者の心(印象)を上手く捕らえている
 んだ。牧場の馬も三百と言い切るんだよ。二百頭かも知れないし、ひょっとし
 たら四百頭かも知れない。でもそんなことは大したことじゃなくて、具体的に
 言い切り読者の脳裏に三百頭の馬の姿をイメージさせるんだよね。
 イメージさせてしまえば、あとは読者が知らず知らずに晶子worldにハマって
 いくんだね。

 渦二百渦三百の春の潮   倉田紘文

 これは俳句だけど、鳴戸の渦潮を詠ったものです。
 やはり数詞が威力を発揮し読者にしっかり映像を送ってるよね。

 それから、若馬の耳が吹かれてるって表現がとても気持ちがいいね。
 若馬が吹かれてるだけなら普通だけど、耳が吹かれる程度の柔らかく優しい
 風だってことがわかるよね。知らないうちに読者は風の強さ加減をインプットし
 心地良くなってるんだよ。
 晶子は人の心を捕らえて離さない「言葉の魔法使い」みたいだね。


2002年12月31日<火>17時58分
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【美紗っぺとよむ晶子の歌 C】
清水へ祇園をよぎる桜月夜今宵逢ふ人みなうつくしき

清々清水へ祇園をよぎる桜月夜
          
今宵逢ふ人みなうつくしき  「みだれ髪」

 夜桜見物なんだろうね。祇園をよぎりながら清水へ向かう。
 月の美しい夜、逢う人みんなが美しく思えるということだね。
 「桜月夜(さくらづきよ)」って晶子の造語らしいね。
 とても美しい映像と言葉の響きを感じます。
 この歌に感動を憶えるのは、「みなうつくしき」という言葉に優しい心情を感じ、
 心が洗われる思いがするからなんだ。
 美紗っぺは、美しい風景や自然に触れた時、そこにいる人が優しく美しく
 感じたことない?
 例えば、キャンプファイヤーとか卒業式とか・・・。
 ホームズは今でも時々感じるよ。どんな時だって?
 お酒を飲んでの帰り道。ほろ酔い気分で頬をよぎる風がとても気持ち良い夜。
 月明りが夜道をほのかに照らし、遠くにコンビニの灯が灯っている時なんか
 にね。すれ違う人皆なに「こんばんは」と声を掛けたくなるんですよ。
 話したことも逢ったこともないのに、皆ないい人、親切な人に思えてくるんだ
 よね。ただの酔っ払いかな・・・。


2002年12月31日<火>19時08分
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【美紗っぺとよむ晶子の歌 D】
なんとなく君に待たるるここちして出でし花野の夕月夜かな

なんとなく君に待たるるここちして
         出でし花野の夕月夜かな   
「みだれ髪」

 
これは俵万智のチョコレート語訳を参照しましょう。

 なんとなく君が待ってる気がしたので
          花野に出れば月がひらひら

 俵万智のチョコレート語訳とは彼女が晶子の「みだれ髪」を現代風にアレンジ
 して詠ったものです。賛否両論ありますが、ホームズは高く評価しています。
 全ての歌を完璧にアレンジ出来るわけではありません。それでも口語体で
 分かりやすく訳し現代の人に幅広く知らしめたのは立派な業績だと思っています。

 歌の意味は分かるよね。美紗っぺも好きな彼がいるとしたら、晶子の気持ちも
 伝わってくるんじゃないかな。
 「ひょっとしたら待ってくれてるかも知れない」とウキウキした気持ちになること
 って悪くないよね。そして、その気持ちが通じて彼が手持ちぶさたに待っていて
 くれたりしていたら、もう最高に超Happy!って感じだよね。
 万葉の女性も明治の女性も平成の女性も皆な同じ。
 昔からそしてこれからも恋は切なくも嬉しいもんだね。
 美紗っぺもいい恋をして相手の気持ちがわかる女性になってください。


 2003年1月3日<金>1時17分

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【美紗っぺとよむ晶子の歌 E】
海恋し潮の遠鳴りかぞへては少女となりし父母の家

海恋し潮の遠鳴りかぞへては
         少女(おとめ)となりし父母の家    
「恋衣」

 
晶子は堺市の宿院というところにある羊羹で知られた和菓子屋さんの三女
 として生まれたんだ。少女時代から店の帳簿をつけたり雇用人と両親の仲
 に立って調整ごとをしたり、結構切り盛り上手な女の子だったみたいだよ。
 店が終わると夜の12時ぐらいから読書をする文学少女でもあったんだ。
 この時の経験が、後に13人の子育てをしながら短歌、評論、小説を書く
 スーパーウーマン晶子の原動力になったのかも知れないね。

 この歌は東京に出た後、遠く故里堺を思って作ったと言われています。
 歌の意味は、東京に出てあわただしい生活をしていると、無性に故里の海が
 恋しくなります。潮の遠鳴りを数えていた少女の頃や父母の家(生家)が思い
 出されますという感じかな。
 明治の頃は埋め立てていなかっただろうから晶子の生家から海までは、潮騒
 が聞こえてくるぐらいの距離だったんだね。

 昔は「女三界(過去・現在・未来)に家なし」と言われ、自分が生まれた家でも
 自分の家とは言わず「父母の家」と呼んでいたんだね。

 歌は、のびやかな調べに乗ってとてもしっとり落ち着いた感じがするよね。
 「みだれ髪」の頃よりも心の安定感が増しおおらかな感じが詠い込まれてます。
 いつか美紗っぺも故里を離れて遠く住むようなことがあれば、あわただしい
 生活の中で今の自分や今住んでいる所を思い出すんじゃないかな。
 ホームズも仕事に追われたりすると故里の自然や少年時代のことをよく思い
 出しますよ。


2003年1月6日<月>22時05分
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【美紗っぺとよむ晶子の歌 F】
青空のもとに楓のひろがりて君亡き夏の初まれるかな

青空のもとに楓のひろがりて
          君亡き夏の初まれるかな  
「白桜集」

  晶子が57歳の時に鉄幹は亡くなりました。晶子より5歳年上だから62歳で
  亡くなったんだね。
  鉄幹を失って初めて迎える夏、空の下には楓の葉がいっぱいに広がっている。
  季節は変わっても鉄幹は戻って来ない。私一人の夏が始まろうとしています・・・。
  こんな意味だよね。

  とても感心しているのが、晶子の構成力の上手さなんです。
  青空の下に楓が広がっているまでは普通に表現出来るし、読む方もそれなり
  に情景を思い浮かべるよね。ところが、その後に夏の始まりを告げる言葉を
  重ねています。その瞬間に漠然と思い浮かべていた空が爽やかな夏空に変
  わり、広がっていた楓の葉がまだうす緑色の鮮やかな若葉に変わるんだ。
  画布に描かれたデッサンに絵筆が入れられ、一気に美しい風景が彩られた
  感じがします。

  もう一つ感心するのが、「初まれる」という表現です。
  「初まれる」は普通「始まれる」と書くよね。おそらく「初夏」をイメージして
  「初まれる」という書き方をしたんだろうね。
  初夏は「しょか」と読むけど、晶子はこれに「はつなつ」という読み方を初めて
  与えた人なんだ。
  「しょか」というと気候用語みたいだけど、「はつなつ」と言うとこれから新しい
  夏の物語が始まるような気がして、すごく詩的な感じがしませんか。

  本当に、ワードマジシャン晶子ここに参上!という感じだよね。



2003年1月12日<日>02時00分

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【美紗っぺとよむ晶子の歌 G】
狂ひの子われに焔の翅かろき百三十里あわただしの旅

狂ひの子われに焔(ほのほ)の翅(はね)かろき
          百三十里あわただしの旅 
「みだれ髪」

  晶子はいよいよ決意して家出同然に堺を出て東京に住む鉄幹のもとに走ります。
  晶子23歳の時です。
  今でもその行動はすごいけど、当時としたらとんでもないことだったんだろうね。
  だから「狂ひの子」と自らを呼んでいるんだろうね。
  焔の翅をつけて飛んでいくというのがすごく幻想的ですね。
  でもどこかに自分を客観的に見ている覚めた視線を感じない?
  気分だけに溺れていないところが晶子の聡明なところだとホームズは思って
  いるんだ。
  晶子もそうだけど当時「明星」に投稿していた人は、○○の子という表現を多用
  していたみたいだね。きっと鉄幹の
 
    われ男の子意気の子名の子つるぎの子
              詩の子恋の子ああもだえの子  「紫」

  この歌が大きな影響を与えたのかもしれません。晶子も「狂ひの子」の他にも
  「罪の子」とか「星の子」という言葉を使って歌を作っています。

  ところで、やっとの思いで東京へ出てきた晶子を鉄幹は新橋駅まで迎えに行っ
  たんだ。ちょうどその頃、鉄幹は今でいう離婚調停中のような時期で、たまたま
  別れる予定の奥さんが家に戻ってきていたんだね。はちあわせにさせる訳にも
  いかないので、長旅をしてきた晶子に「すぐに家には入れないから知人宅へ
  二三日身を置いてくれないか」とお願いするんだよ。
  歌に詠まれている通り本当に「あわただしの旅」だったのかもしれない。
  そんなふうに読むと、この歌案外ユーモアがあふれる歌だったりしてね・・・。

  後に、晶子は二週間かけてパリに居る鉄幹をまた訪ねるんだ。
  その時の歌は百三十里どころじゃないよ。

     三千里わが恋人のかたはらに
              柳の絮(わた)の散る日に来る

  少なくとも晶子は鉄幹という一人の男性に会いたくてを三千百三十里を旅した
  女性であることは間違いのない事実だね。
  恋の力はすごいな。美紗っぺは将来どんな恋をするのかな。
  一生懸命の恋はやっぱり素敵だよね。


2003年1月19日<日>12時12分













  
  
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【美紗っぺとよむ晶子の歌 H】
絵日傘をかなたの岸の草になげわたる小川よ春の水ぬるき

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【美紗っぺとよむ晶子の歌 I】
啄木が嘘を言ふ時春かぜに吹かるゝ如くおもひしもわれ

絵日傘をかなたの岸の草になげ
          わたる小川よ春の水ぬるき
  「みだれ髪」

 ピクニックか何かに出掛けた感じの歌ですね。
 さしていた絵日傘をポンと向こう岸に投げ、着物の裾を上げ小川を渡ったんだね。
 脚に触れる水は、春になりもうそんなに冷たさもなく気持ちよい感じ・・・
 そんな風景ですね。

 難しい歌が多いと言われる「みだれ髪」の中では読みやすい歌で、それだけに
 よく知られた歌でもあるんだよね。
 流れるような調べ、声を出して読むとさらに味わいがふくらむ歌ですね。
 俳句にも「水温(ぬる)む」という季語があるんだよ。文字通り、川の水や台所
 の水などが春の訪れと共に温んでくる意味なんだけどね。

    水ぬるむ主婦のよろこび口に出て   山口波津女

 今は温水が出るからそうでもないけど、昔は冬の炊事は水が冷たくて大変だったんだ。  
 春になり水道の水が温み始めるのは主婦にとっては朗報だったんだね。
 そんな気持ちをストレートに表現した俳句です。
 俳句は「季語」という季節の言葉を入れるから、どうしても季節を詠うことが多くなるんだ。 
 晶子も恋の歌でデビューしたんだけど、だんだん年齢を重ねるにつれ、
 自然を諷詠(ふうえい)した季節感あふれる歌も多く作るようになってきています。

 若い頃は、どうしても自分や自分に影響を与える人に興味が集中するよね。
 美紗っぺもそうだろう。でも、だんだん年齢を重ねていくと自分より自分の回りの自然や  
人々のことを大事に思えるようになっていくようだよ。
 美紗っぺのおばあちゃんは、おばあちゃん自身のことより美紗っぺのことの方を大事に 
思ってくれているんじゃないのかな。有難いことだよね。
 おばあちゃんを大切にしてください。

啄木が嘘を言ふ時春かぜに
          吹かるゝ如くおもひしもわれ


 石川啄木と与謝野鉄幹・晶子夫妻は交友がありました。
 「啄木」という名前も鉄幹の命名なんだよね。
 この歌は、啄木が亡くなって間もなく詠まれた歌です。
 啄木が言う嘘は春風のように心地良い、憎めない人だったと懐かしんでいる歌なんです。
 
 啄木が盛岡中学を中退して上京してきたのが十四歳の時、
 そして、当時鉄幹が主宰していた新詩社の集会に参加したんだ。
 与謝野家にもよく遊びに来ていたみたいだね。
 当時の啄木少年はとても空想家で、その空想を事実のように話していてみたいなんだ。
 鉄幹は晶子によくこう言っていたらしいよ。
 「今日も啄木が遊びに来て、面白い嘘を言って帰って行ったぞ」ってね。
 晶子は啄木を弟のように思い、啄木は晶子のことを姉のように慕っていたとよく言われて
 います。後に晶子は、啄木との会話を「一片の会話にも命と命が相触れるのであった」と
 述懐しているんだよね。
 互いに歌人として、命を削るように歌づくりをする情熱や熱意を熱く語り合ったんだろうね。
 今も、この二人の歌は広く愛唱されているよね。
 それは、人間の弱さやずるさを人一倍知っていた二人だったからじゃないかと
 ホームズは思っているんだ。

 生前、啄木はすごく貧乏で二冊目の歌集「悲しき玩具」の原稿料で薬を買ったけど、
 それを飲み終わらないうちにこの世を去っていったんだよ。

    いつしかと心の上にあとかたも
            あらずなるべき人と思わず

 晶子の啄木への追悼歌です。
 ちょうど鉄幹を追い欧州へ旅立つ直前に啄木は亡くなったんだよ。26歳の若さでね。
 啄木は死後急速に有名になっていくんだよね。どんな思いで、晶子はそれを見ていたん
 だろうね。

 今回は参考文献ありだから書いておきます。
 「与謝野晶子」ー昭和期を中心にー香内信子著です。